展示

「レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿」展

場所:分館(関屋キャンパス)1階閲覧室
期間:2003年6月

展示品

  • 「世界美術大全集 西洋編 12 イタリア・ルネサンス2」小学館 1994
  • パリ手稿 C・D・G・H・K・M
  • マドリッド手稿
  • 風景・植物および水の習作

レオナルド・ダ・ヴィンチ略年表

西暦 年齢 レオナルド自身 関連事項
1452 0 4月15日、フィレンツェ近郊ヴィンチ村に生まれる。 グーテンベルク「聖書」を印刷
1466 14 フィレンツェのヴェロッキオの工房に入門 ダンテの「神曲」印刷される
1472 20 レオナルドの名が、フィレンツェの画家名簿に登録される。
《受胎告知》制作(1475まで)
ミケランジェロ生まれる
1477 27 ヴェッキオの工房から独立 ラファエロ生まれる
1482 30 ロドヴィコ=スフォルツァに仕えるため、ミラノに向う
(1499まで同地滞在)
ボッティチェリ《ヴィーナスの誕生》制作
1484 32 《白貂を抱く婦人》制作(1488まで) コロンブス、アメリカ大陸東方のサン=サルバドル島発見
1489 37 頭蓋骨の解剖学的研究
1493 41 《スフォルツァの騎馬像》の原寸大の模型展示。
ただし、戦乱のため最終的に鋳造は中止される。
1495 43 《最後の晩餐》制作(1497まで)
この間、光学・力学・数学・解剖学・水理工事・軍事技術・建築・飛行機の研究
ヴァスコ=ダ=ガマ、インド航路発見
1498 46 《聖アンナと聖母子画稿》を描く(1499まで)
この間、凸版エッチング法の研究
カブラル、ブラジルを発見
チェザレ=ボルジア失脚
1503 51 《モナ=リザ》制作(1506まで)
1505 53 鳥の飛翔に関する研究 ミケランジェロ、システィナ礼拝堂の天井画に着手
1511 59 川筋変更・運河開削のための土木工事・鳥の飛翔・水の運動・数学・植物学・地質学・解剖学の研究(1513まで) マキャベリ「君主論」執筆
1513 61 赤チョークによる自画像
この間、解剖学・化学・鳥の飛翔・力学・重力測定の研究
1514 62 《レダと白鳥》制作。大洪水の素描
1516 64 サライ・メルツィらとローマを発ちフランスに向う。
フランソワ一世に仕える(1519まで)。この間、幾何学と建築の研究
トマス=モア「ユートピア」出版
ルターにより、ドイツの宗教改革始まる
1519 67 5月2日、フランス=アンポワーズ近郊クルーで死去。 マゼラン、世界一周航海に出発
高津道昭『レオナルド・ダ・ヴィンチ鏡面文字の謎』1990新潮社 「年表」(p.202-206)より抄出

レオナルドの手稿

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)は、 代々公証人を生業とする家庭に育ったこともあって、 15世紀の画家としては珍しく、 文字を書き記す習慣をもっていた。

といっても、初めの頃は、素描を描いた余白に、 備忘用のメモや日付、 手紙の下書きや単なる落書きなどを書き散らすにすぎなかったが、 しだいに絵画技法に関する記録や自然観察、 発明のアイディアや処世術などを折に触れて書き綴るようになった。

そして、さらにこの習慣が高じて、 自分の科学的考察を「論考」(trattato)として公表しようという野心を抱くようになると、 これまでのように素描用のバラバラの紙葉にではなく、 あらかじめ記録用のノートブックを作っておいて、 前人未踏の化学分野についての冒険と発見の記録を残すようになる。

こうして続々と生み出される科学的探索の日誌が、 レオナルドの手稿と呼ばれるものである。

(「世界美術大全集 12 イタリア・ルネサンス」 1994 小学館より引用(斎藤弘p81))

手稿の種類

名称 収蔵場所
アトランティコ手稿 ミラノ アンブロージオ図書館
ドリヴルツィオ手稿 ミラノ カステルロ・スフォルツェスコ
鳥の飛翔に関する手稿 トリノ 王立図書館
パリ手稿 パリ フランス学士院図書館
解剖手稿 ウィンザー 王室図書館
アランデル手稿 ロンドン 大英博物館
フォースター手稿 �.�.� ロンドン ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館
マドリッド手稿 マドリッド 国立図書館
ハマー手稿 カリフォルニア ハマー・コレクション
手稿の中でも、最も有名なものの一つ。
まだ、空を飛ぶといえば、鳥しか見当たらなかった
時代に、回転翼による垂直上昇の発想を得ている点
は驚愕に値します。
昔の全日空のロゴマークはこのスケッチを図案化し
たものらしい。
紀元前ローマの建築家ボッリオ・ヴィトルヴィウスが、
著書「建築論」の中で、「腕を伸ばした人間は、円と正方形
の両方に内接する」との言葉に感銘を受けて残したスケッチ
です。描かれている人物は40歳頃のレオナルド自身らしい。

気紛れの紙葉

 レオナルドの手稿の内容は、一枚につき一テーマに限られるのが普通であるが、 一点の絵で終わることは少なく、多くは複数の図がつけられる。 それはレオナルドが、 複数の文字ブロックと複数の図形を組み合わせたところのモザイク状の造形が好きだからである。 そのことによって、紙面に綿密さと動きが加わり、 整理編集の楽しさが溢れるからである。

 しかし、それだけなら誰でも理解できるが、 時として、その紙葉のテーマとは無関係の図が追加され、 無関係の文章が挿入されていることがある。 ・・・・つまり、レオナルドのイメージの中には、 現実に取り組んでいる手稿の内容との関係で連想遊びのように突然別の内容が閃くことがある、 と考えれば理解できよう。 その場合に、直ちに本題に戻ることをしないで飛び離れたテーマに拘泥し、 そのまま視覚的な図にしてしまうところがレオナルドの特徴であり、 普通と違うところである。 彼は思いついたことを直ちに図にし、 文章にしておかないと、 再び思い浮かばないのではないかという不安に苛まれているものとみえる。 ・・・・レオナルドの手稿はやはりメモ帳を兼ねていたのである。 ただし、そのメモ帳の内容の深さと質の高い分だけ、 まるで印刷原稿のように見え、 そこに無関係なメモが飛びこんでくると、 出版を計画した人やわれわれ鑑賞者が異なるものに触れたように驚いてしまうのだろう。

 レオナルドの手稿は本来は彼個人のメモ帳であったにもかかわらず、 いつの間にか外部の人々はもちろん、 レオナルド本人までもがそれを印刷原稿のように考えてしまったところにひとつの悲喜劇があるのかもしれない。 そして、レオナルド自身が一貫性のある印刷原稿を意識しながらも、 ふとメモ帳に戻ってしまったり、 反対にメモ帳のつもりがいつの間にか印刷原稿のように精確に仕上げてしまうことがあるのだろう。 つまり、そのような自由な状況でないと、 あのレオナルドの飛びぬけた発想は浮かんでこないのかもしれない。

(高津道昭著「レオナルド=ダ=ヴィンチ鏡面文字の謎」 1990 新潮社 (新潮選書)より引用(p.160-161))

鏡面文字の謎

レオナルドの膨大な手稿のほとんどは、鏡文字で書かれている。 反転(逆さ)文字とも言われるもので、鏡に映さなければ、 誰も読むことのできない仕掛けになっている。

どうしてこんな面倒な文字を綴ったのだろうか。 これまでもさまざまな推測や解釈がなされている。 その一つは、どうせ同時代の人は自分の考えや倫理を理解できないだろうから、 後の世の人のために書いたのではないか・・・ またその内容は当時としては常識を超えた発想が多いため、 あらぬ誤解を招かないように、 普通では読めない鏡文字にしたのだという意見もある。・・・

最近、かなり有力なのが、自分の研究成果をきちんと発表するために、 そのまま印刷用の版をおこせる鏡文字を書いたという説である。 当時は確かにドイツで発明された印刷術が流行しそうな気配を見せていた。 レオナルドは、より優れた印刷機を考案し、設計図も書いている。 これが凸版印刷術であり、実用化されたのは三百年以上も後のことになるが、 このアイデアを論拠に印刷のためというのが有力になった・・・

・・・紙や公文書を除いて、すべてを鏡文字で書いているわけだから、 もっと素直に解釈してよいのではないだろうか。 ・・・彼にとっては、鏡文字を書くのが、 一番手っ取り早くて簡単だったからそうしたのではないか。

彼は左ききだった。

( 佐藤孝三編・文・写真 青木昭和文 「図説レオナルド・ダ・ヴィンチ 万能の天才を尋ねて」1966 河出書房新社 より引用(p.22))
 (この部分は青木氏執筆)

「左ききだったので、書いた文字で左手を汚さないようにした」

「覗き見されても、研究内容が他人に漏れないようにした」

「ある種の脳機能障害」

など、いろいろ説はありますが、なぜ鏡面文字を書いたのかは、 まだ、はっきりしていません。

次に挙げる著者は、そうではないとする論拠を慎重に示した上で、更にこの「謎」を追究する。


逆向きの伝言

レオナルドは自身の手稿の文字を、左右逆向きの鏡面文字とした。 それでは、図解そのものも逆向きではないだろうか・・・

・・・レオナルドの手稿のうち図と文字を含め正しい向きにかかれたのは地図だけであり、 文字が逆向きで正面から見たままの図が描かれたのが解剖手稿のうちの人体内臓図である。 それ以外の製版を目的とした図解のほとんどは逆向きに描かれた可能性が高い。

しかし、結果的にレオナルドの手稿は『絵画論』に関するものを除いて刊行されることはなく、 古城の奥に眠ったままになっていたところ、 その一部が今日の技術によって写真に撮られそのままの形で印刷に移されたのである。 われわれは活字は銅版によって加工されていない、 生(なま)のレオナルドの原稿を目のあたりにすることができる。 文字はもちろん鏡面に映るがごとく逆向きであり、 そして多くの図解もまた逆向きのまま見ているのかもしれない。

(高津道昭著「レオナルド=ダ=ヴィンンチ鏡面文字の謎」1990 新潮社(新潮選書)より引用(p.198-200))