展示
太宰治展 —没後50年・桜桃忌によせて—
場所:図書館2階 閲覧室期間:1998年6月
太宰治が玉川上水で入水自殺をして50年という時がたちました。 今年は「太宰治 没後50年」ということで、 出版界では6月19日の桜桃忌ににあわせて動き始めています。 又、 今なおロングセラーのトップにランクされている 「人間失格」の草稿や書簡が今年5月23日までに発見され、 文芸誌の7月号に特集で公開されたりと話題に事欠きません。
「無頼派」作家の代表として、 多くの読者・文学者に影響を与えた太宰治、 時代を越えても読み継がれる彼の作品をこの機会に読み直してみませんか!?
太宰治 (1909.6.19〜1048.6.13) 本名:津島修治 |
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青森県生まれ。
生家は津軽の地主で、父は貴族院の勅選議員。
昭和5年、東京帝国大学に進学と同時に井伏鱒二に師事。
「逆行」で第1回芥川賞候補となった。
「人間失格」を発表した昭和23年6月、39歳で玉川上水に入水自殺した。
(詳しくは「太宰治略年譜」をご覧下さい)
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桜桃忌
太宰治の忌日。 昭和23年に書かれた「桜桃」をとって忌日名としたもので、 今官一の提唱による。 毎年、東京都三鷹市の禅林寺で遺体のあがった19日に修せられる。関係資料目録 (1998年6月現在所蔵)
著作
『太宰治全集』全15冊 | 八雲書店 | 1948 |
『太宰治作品集』全6冊 | 創元社 | 1951 |
『太宰治全集』全13冊 | 筑摩書房 | 1955 |
『太宰治全集』全13冊 | 筑摩書房 | 1989-92 |
『名著初版本複刻 太宰治文学館』全33冊 | 日本近代文学館 | 1992 |
『富嶽百景 走れメロス 他八編(岩波文庫)』 | 岩波書店 | 1961 |
『富嶽百景 走れメロス 他八編(岩波文庫)』 | 岩波書店 | 1967 |
『生きていることば(人生の本 別巻)』 | 文藝春秋 | 1975 |
『もの思う事(日本教養全集6)』 | 角川書店 | 1975 |
『太宰治(人生論読書4)』 奥野健男編 | 角川書店 | 1960 |
『恍惚と不安(わが人生観4)』 | 大和書店 | 1970 |
『駆込み訴え(『新・ちくま文学の森4 悪の物語』所収) | 筑摩書房 | 1994 |
『思い出より(『新・ちくま文学の森5 こどもの風景』所収) | 筑摩書房 | 1995 |
『雀(『新・ちくま文学の森9 たたかいの記憶』所収) | 筑摩書房 | 1995 |
『雀こ(『新・ちくま文学の森14 ことばの国』所収) | 筑摩書房 | 1995 |
『太宰治 思い出/人間失格(作家の自伝36)』 | 日本図書センター | 1995 |
『太宰治集(現代日本文学全集49)』 | 筑摩書房 | 1954 |
『太宰治集(現代日本文学全集78)』 | 筑摩書房 | 1967 |
『太宰治集(現代日本文学全集78)』 | 筑摩書房 | 1973 |
『太宰治集(現代文学大系54)』 | 筑摩書房 | 1965 |
『太宰治集(現代日本文学大系54)』 | 筑摩書房 | 1969 |
『トカトントン(『現代の文学38 戦後I』所収) | 講談社 | 1978 |
『太宰治(鑑賞日本現代文学21)』 饗庭孝男編 | 角川書店 | 1981 |
『晩年(名著複刻全集 近代文学館)』 | 日本近代文学館 | 1969 |
『晩年(名著複刻全集 近代文学館 特別セット)』 | 日本近代文学館 | 1978 |
『太宰治集(日本現代文学全集88)』 | 講談社 | 1961 |
『太宰治(日本の文学55)』 | 中央公論社 | 1964 |
『太宰治集(昭和文学全集36)』 | 角川書店 | 1954 |
『太宰治』 | 小学館 | 1986 |
『春の枯葉(『現代日本戯曲選集12』所収)』 | 白水社 | 1956 |
『晩年』 | 大和書房 | 1966 |
『太宰治(現代日本小説大系53 昭和10年代8)』 | 河出書房 | 1952 |
『太宰治(現代日本小説大系 別1 戦後篇1)』 | 河出書房 | 1952 |
『晩年(新潮文庫6A)』 | 新潮社 | 1974 |
『富嶽百景・走れメロス 他八編(岩波文庫 緑91-1)』 | 岩波書店 | 1974 |
『ヴィヨンの妻・桜桃 他八編(岩波文庫 緑91-2)』 | 岩波書店 | 1975 |
『愛と苦悩の人生 : 太宰治の言葉(現代教養文庫518)』 | 社会思想社 | 1974 |
研究書
『太宰治(岩波新書560)』 細谷博著 | 岩波書店 | 1998 |
『太宰治(人物書誌大系7)』 山内祥史編 | 日外アソシエーツ | 1983 |
『鴎外・芥川・太宰原論 : 文学の原点』 藤井和義著 | 桜楓社 | 1978 |
『戦前・戦後の作家と作品』 磯貝英夫著 | 明治書院 | 1980 |
『太宰治論(佐藤泰正著作集5)』 | 翰林書房 | 1996 |
『太宰治文学批評特集』 青森文学会・弘前文学会共編 | 審美社 | 1971 |
『太宰治研究ノート』 別所直樹編著 | 図書新聞社 | 1964 |
『太宰治 : 人と作品』 別所直樹著 | 清風書房 | 1969 |
『断章・太宰治』 別所直樹編著 | 世界書院 | 1971 |
『太宰治1 羞じらえる狂言師』 無頼文学研究会編 | 教育図書センター | 1979 |
『太宰治2 仮面の辻音楽師』 無頼文学研究会編 | 教育図書センター | 1978 |
『太宰治3 怒れる道化師』 無頼文学研究会編 | 教育図書センター | 1979 |
『太宰治研究I その文学』 奥野健男編 | 筑摩書房 | 1978 |
『太宰治研究I その回想』 桂英澄編 | 筑摩書房 | 1978 |
『小説 太宰治』 壇一雄著 | 六興出版 | 1949 |
『太宰治研究(現代作家研究叢書)』 福田恆存編 | 津人書房 | 1948 |
『太宰治』 井伏鱒二著 | 筑摩書房 | 1990 |
『太宰治と罪の問題』 菊田義孝著 | 審美社 | 1966 |
『新説・太宰治論 : その性と芸術至上主義』 堀川正三著 | 桜楓社 | 1971 |
『太宰治 : 「右大臣実朝」試論』 熊谷孝著 | 鳩の森書房 | 1979 |
『無頼派の祈り : 太宰治』 亀井勝一郎著 | 審美社 | 1979 |
『写真集 : 太宰治の生涯』 毎日新聞社編 | 毎日新聞社 | 1968 |
『太宰治その人と』 長尾良著 | 林書店 | 1965 |
『人間太宰治の研究I』 長篠康一郎著 | 虎見書房 | 1968 |
『人間太宰治の研究II』 長篠康一郎著 | 虎見書房 | 1969 |
『人間太宰治の研究III』 長篠康一郎著 | 虎見書房 | 1970 |
『回想 太宰治』 野原一夫著 | 新潮社 | 1980 |
『太宰治文庫目録(日本近代文学館所蔵資料目録)』 | 日本近代文学館 | 1992 |
『太宰治論 決定版』 奥野健男著 | 春秋社 | 1966 |
『太宰治論 増補決定版』 奥野健男著 | 春秋社 | 1968 |
『太宰治』 奥野健男著 | 文芸春秋 | 1973 |
『太宰治研究』 奥野健男著 | 筑摩書房 | 1963 |
『太宰治をどう読むか』 小野正文著 | 弘文堂 | 1962 |
『太宰治におけるデカダンスの倫理』 佐古純一郎著 | 現代文芸社 | 1958 |
『太宰治論』 佐古純一郎著 | 審美社 | 1966 |
『若き日の太宰治』 相馬正一著 | 筑摩書房 | 1968 |
『太宰治と井伏鱒二』 相馬正一著 | 津軽書房 | 1979,1972 |
『太宰治の生涯と文学』 相馬正一著 | 洋々堂 | 1990 |
『太宰治の世界(異装叢書3)』 関井光男編 | 冬樹社 | 1977 |
『太宰治論(研究叢書76)』 佐々木啓一著 | 和泉書院 | 1989 |
『天井と鉤と影 : 太宰治論』 清水氾著 | 小峰書店 | 1977 |
『太宰治とその周辺 : 無頼派の作家と作品』 三枝康高著 | 有信堂 | 1975 |
『太宰治とその生涯』 三枝康高著 | 現代社 | 1958 |
『太宰治 : ナルシシズムと愛(三枝康高著作選集1)』 | 新有堂 | 1980 |
『太宰治との七年間』 堤重久著 | 筑摩書房 | 1969 |
『回想の太宰治』 津島美知子著 | 人文書院 | 1978 |
『人間太宰治』 山岸外史著 | 筑摩書房 | 1966 |
『太宰治論集 同時代篇』全11冊 山内祥史編 | ゆまに書房 | 1992 |
『太宰治論集 作家論篇』全10冊 山内祥史編 | ゆまに書房 | 1994 |
『太宰治 著述総覧』 山内祥史編 | 東京堂出版 | 1997 |
『ノーベル賞を超えた三人の日本人 : 中原中也、太宰治そして…(藤原明夫著作集5)』 藤原明夫著 | 中原中也・太宰治研究所 | 1982 |
『太宰治(現代日本文学アルバム14)』 足立巻一他編 | 学習研究社 | 1979 |
『太宰治(現代作家論全集10)』 奥野健男著 | 五月書房 | 1958 |
『太宰治(群像日本の作家17)』 長部日出雄著 | 小学館 | 1991 |
『太宰治(近代文学資料4)』 山内祥史著 | 桜楓社 | 1970 |
『菊池寛・太宰治(近代作家追悼文集成32)』 | ゆまに書房 | 1997 |
『太宰治(日本文学アルバム15)』 | 筑摩書房 | 1955 |
『太宰治(『奥野健男作家論集3』所収)』 | 泰流社 | 1977 |
『演習 太宰 堀 石坂』 大森郁之助著 | 審美社 | 1969 |
『太宰治研究(作家研究叢書11)』 亀井勝一郎編 | 新潮社 | 1965 |
『太宰治(新潮日本文学アルバム19)』 相馬正一編 | 新潮社 | 1983 |
『太宰治(『偏見の美学 : 古典と批評』所収)』 | 桜楓社 | 1967 |
『太宰治『美少女』の文芸構造 : 太宰治の甲府1(『日本文芸の系譜 : 山梨英和短期大学創立三十周年記念』所収)』 | 山梨英和短期大学日本文学会 | 1996 |
『文学と宗教 : <作品論・文学紀行> : 太宰・芥川・鴎外など(以文選書2)』 清水茂雄著 | 教育出版センター | 1986 |
『近代作家十人 : 文学に見る経済観 : 一葉・漱石・荷風・谷崎・啄木・志賀・有島・芥川・賢治・太宰』 大里恭三郎,竹腰幸夫編著 | 教育出版センター | 1986 |
『太宰治(近代日本文学鑑賞講座19)』 亀井勝一郎編 | 角川書店 | 1959 |
『戦時体制下の文学者(笠間叢書57)』 都築久義著 | 笠間書院 | 1976 |
『太宰治(日本文学研究資料叢書15)』 日本文学研究資料刊行会編 | 有精堂 | 1970 |
『太宰治2(日本文学研究資料叢書15-2)』 日本文学研究資料刊行会編 | 有精堂 | 1985 |
『太宰治(日本文学研究大成19)』 鳥居邦明編 | 国書刊行会 | 1997 |
『太宰治の文学 : 「解釈」所収論文集(シリーズ文学2)』 解釈学会編 | 教育出版センター | 1973 |
『太宰治(『昭和文学全集27 吉本隆明 p.755-770』所収)』 | 小学館 | 1989 |
『太宰治(『私の随想選4 私の日本文学1』所収)』 河盛好蔵著 | 新潮社 | 1991 |
『小説 太宰治(『壇一雄全集7』) 壇一雄著 | 新潮社 | 1977 |
『太宰治『晩年』帯広告文(『井伏鱒二全集6』所収)』 井伏鱒二著 | 筑摩書房 | 1997 |
『太宰治の死(『志賀直哉作品集5 随筆集』所収)』 志賀直哉著 | 創元社 | 1951 |
『微笑の受難者 太宰治(現代教養文庫809)』 森安理文著 | 社会思想社 | 1975 |
雑誌
『太宰治研究』 全2巻(合冊製本) | 所蔵:第1号(1962)〜第10号(1969) 臨時増刊号(1970) | 審美社 |
洋書
『Crackling Mountain and other stories (Tuttle's Library)』 tr.by James O'Brien | Charles E. Tuttle Co. | 1992 |
『The Setting Sun (Tuttle's Library)』 tr.by Donald Keene | Charles E. Tuttle Co. | 1992 |
『Dazai Osamu (『A Late Chrysanthenum : Twenty-one Stories from Japanese』)(Tuttle's Library)』 tr.by Lane Dunlop | Charles E. Tuttle Co. | 1991 |
『The Courtesy Call (『Modern Japanese Stories : An Anthology』)(Tuttle's Library)』 tr.by Ivan Morris | Charles E. Tuttle Co. | 1992 |
『Return to Tsugaru : Travels of Purple Tramp (Kodansha International's Literary of Japanese Literature)』 tr.by James Westerhoven | Kodansha International Ltd. | 1987 |
『Run, Melos! and Other Stories (Kodansha International's Literary of Japanese Literature)』 tr.by Ralph R. McCarthy | Kodansha International Ltd. | 1988 |
『Self Portraits : Tales from the Life of Japan's Great Decadent Romantic (Kodansha International's Literary of Japanese Literature)』 tr.by Ralph F. McCarthy | Kodansha International Ltd. | 1991 |
『Blue Bamboo : Tales of Fantasy and Romance (Kodansha International's Literary of Japanese Literature)』 tr.by Ralph F. McCarthy | Kodansha International Ltd. | 1993 |
『The lady who entertained (The Mother of Dreams and Other Stories)(Kodansha International's Literary of Japanese Literature)』 tr.by Makoto Ueda | Kodansha International Ltd. | 1989 |
『No Longer Human (Tuttle's Library)』 tr.by Donald Keene | Charles E. Tuttles Co. | 1981 |
『The Setting Sun (Tuttle's Library)』 tr.by Donald Keene | Charles E. Tuttles Co. | 1981 |
『Crackling Mountain and other Stories (Tuttle's Library)』 tr.by James O'Brien | Charles E. Tuttles Co. | 1992 |
『Dazai Osamu (『A Late Chrysanthenum : Twenty-one Stories from Japanese』)(Tuttle's Library)』 tr.by Lane Dunlop | Charles E. Tuttle Co. | 1991 |
関連資料
津島佑子 (太宰治次女 本名:津島里子) | ||
『キャリアと家族(岩波ブックレット No.163)』 | 岩波書店 | 1990 |
『Child of Forture : A Novel』 tr.by Geraldine Harucourt | Kodansha International Ltd. | 1983 |
太田治子 (太宰治三女 母:太田静子) | ||
『空色のアルバム(集英社文庫)』 | 集英社 | 1984 |
太宰治略年譜
年齢 | 事項 | |
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明治42年(1909) | 0 | 青森県北津軽郡金木村に津島源右衛門、たねの大十子六男、末子として生まれる。 戸籍名、津島修治。津島家は新興大地主、県内屈指の素封家。父は県会議員。 母は病弱だったため、乳母や叔母に育てられる。 |
大正5年(1916) | 7 | 金木第一尋常小学校に入学。1年時から秀才の誉れ高く、全甲主席・総代を務める。 |
大正11年(1922) | 13 | 小学校卒業。父の意向で学力補充のため明治高等小学校に1年間通学する。 |
大正12年(1923) | 14 | 3月、父源右衛門、肺結核で死去。 4月、青森中学校に入学。中学3年頃から創作を始める。 |
大正14年(1925) | 16 | 3月、青森中学校『校友会誌』に最初の創作「最後の太閤」を発表。作家に対する憧れが強まり芥川龍之介や菊池寛などの著作に親しむ。 8月、級友と同人誌『星座』を創刊、1号限りで廃刊。 11月、同人誌『蜃気楼』を創刊。 |
大正15年(1926) | 17 | 芥川に心酔する。 9月、同人誌『青とんぼ』を創刊、この頃、辻島衆二の筆名を多く用いる。 |
昭和2年(1927) | 18 | 『蜃気楼』を12号で休刊。6月、弘前高等学校に入学。 7月、芥川龍之介の自殺に衝撃をうける。芸妓遊びを始め、半玉紅子(小山初代)に親しむ。 |
昭和3年(1928) | 19 | 左翼運動の影響を受け、5月、同人雑誌『細胞文芸』を創刊、長編「無間奈落」を連載。左翼の拠点だった高校の新聞雑誌部の部員になる。 |
昭和4年(1929) | 20 | 12月、期末試験前夜、多量のカルモチンを飲んで昏睡状態に陥る。第1回自殺未遂事件を起こす。 |
昭和5年(1930) | 21 | 1月、『座標』に長編「地主一代」を連載開始。 4月、東大仏文科入学とともに上京。 5月、井伏鱒二を訪ね、以後永く師事する。 11月、銀座のカフェー・ホリウッドの女給田辺あつみ(または田部シメ子、田辺純子、19歳の人妻)と鎌倉腰越の海岸で薬物心中を図り、女は絶命。自殺幇助罪に問われ、起訴猶予となる。 12月、小山初代(18歳)と仮祝言を挙げる。 |
昭和7年(1932) | 23 | 8月、「思ひ出」の執筆に取りかかる。この頃〔太宰治〕の筆名を考案する。 |
昭和8年(1933) | 24 | 大学を留年する。 2月、同人雑誌『海豹』に参加。『東奥日報 付録 サンデー東奥』に太宰治の筆名で「列車」を発表。 3月、『海豹』創刊号に「魚服記」を発表。 |
昭和9年(1934) | 25 | 同人雑誌『鷭』に「葉」「猿面冠者」を発表。 |
昭和10年(1935) | 26 | 3月、東大落第、都新聞社入社試験に失敗して失踪、鎌倉山で縊死を図り未遂に終わる。 4月、盲腸炎で入院、パビナール中毒にかかる。 5月、『日本浪漫派』に加わり「道化の華」を発表。 8月、「逆行」が第1回芥川賞候補に上がるが、次席に留まる。 10月、『文藝春秋』に「ダス・ゲマイネ」を発表。 |
昭和11年(1936) | 27 | 6月、第一創作集『晩年』(砂子屋書房)を刊行。 |
昭和12年(1937) | 28 | 3月、水上温泉で初代とカルモチン心中を図るが未遂に終わる。 6月、創作集『虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ』(新潮社、新選純文学叢書)刊行。初代と離別。 7月、創作集『二十世紀旗手』(版画荘、版画荘文庫4)刊行。 |
昭和13年(1938) | 29 | 9月、井伏鱒二を通じて石原美知子と見合い、婚約。これを契機に明るい作風への転換を図る。 |
昭和14年(1939) | 30 | 4月、石原美知子と結婚。 2月、『文体』に「富嶽百景」を発表。 5月、創作集『愛と美について』(竹村書房)刊行。 7月、創作集『女生徒』(砂子屋書房)刊行。 9月、東京府北多摩郡三鷹村下連百十三番地に移転、ここが終の栖となる。 |
昭和15年(1940) | 31 | 『月刊文章』に「女の決闘」連載、『中央公論』に「駆込み訴へ」、『新潮』に「走れメロス」「きりぎりす」を発表。 12月、『女生徒』が北村透谷賞の副賞となり、透谷記念文学賞牌を受ける。 |
昭和16年(1941) | 32 | 創作集『東京八景』(実業之日本社)、書き下ろし長篇『新ハムレット』(文藝春秋社)、短篇集『千代女』(筑摩書房)刊行。 6月、長女園子誕生(元厚相津島雄二夫人)。 9月、太田静子初来訪。 |
昭和17年(1942) | 33 | 1月、短篇『書き込み訴へ』(月曜荘、私版限定300部) 4月、創作集『風の便り』(利根書房) 6月、書き下ろし長篇『正義と微笑』(錦城出版社、新日本文芸叢書、創作集『女性』(博文館) 12月、随想集『信天翁』(昭南書房)刊行。 12月10日、母たね逝去。享年69歳。 |
昭和18年(1943) | 34 | 1月、創作集『富嶽百景』(新潮社、昭和名作選集28) 6月、『八雲』に「帰去来」 9月、書き下ろし中篇小説『右大臣実朝』(錦城出版社、新日本文芸叢書)刊行。 |
昭和19年(1944) | 35 | 1月、『改造』に「佳日」、『新潮』に「新釈諸国噺」を発表。 7月、先妻小山初代が中国青島で病没、享年32歳。 8月、長男正樹誕生。 小山書店から『新風土記叢書』の1冊として『津軽』の執筆を依頼され5月12日から6月5日にかけて津軽地方を旅行する。 11月、書き下ろし長篇『津軽』(小山書店、新風土記叢書7)刊行。 |
昭和20年(1945) | 36 | 1月、創作集『新釈諸国噺』刊行。 4月、甲府の石原家に疎開 7月、焼夷弾で全焼。一家で郷里金木町に再疎開、生家で終戦を迎える。生家を手伝いながら読書や執筆に専念する。 9月、書き下ろし長篇『惜別』(毎日新聞) 10月、書き下ろし創作集『お伽草紙』(筑摩書房)刊行。 12月、農地改革により津島家衰退に向かう。 |
昭和21年(1946) | 37 | 6月、長篇『パンドラの匣』(河北信報社)刊行。 7月、祖母イシ死去、享年89歳。 11月、家族とともに、三鷹の旧居に帰る。この頃より没落する旧家の悲劇を主題にした「斜陽」の構想を持つ。随筆集『薄明』(新紀元社)刊行。 6月25日夜、坂口安吾・織田作之助(後に、無頼派と呼ばれる)と実業之日本社主催の座談会に出席、司会は平野謙。この座談会の記録は翌年4月20日、『文学季刊』第三輯に「現代小説を語る」と題して掲載された。同日夜、同メンバーで改造社主催の座談会にも出席した。この記録は、昭和24年1月1日、『読物春秋』創刊号に、「歓楽極まりて哀情多し」と題して掲載された。 |
昭和22年(1947) | 38 | 1月、織田作之助が急病死、享年34歳。『東京新聞』に「織田君の死」を発表。 3月、『展望』に「ヴィヨンの妻」を発表。山崎富栄(28歳)と出合う。次女里子(作家津島右子)誕生。 6月末、「斜陽」完成。この頃から不眠症に悩まされる。 7月、『新潮』に「斜陽」の掲載開始。創作集『冬の花火』(中央公論社)刊行。 8月、創作集『ヴィヨンの妻』(筑摩書房)刊行。下旬、病状が悪化し自宅に引き籠もる。 9月、熱海への招待旅行に山崎富栄を同伴する。 11月12日、太田静子に女児誕生、治子(エッセイスト太田治子)と命名し認知証を書く。 12月、長篇『斜陽』(新潮社)刊行。ベストセラーとなる。八雲書店から『太宰治全集』の刊行が決まり、その準備にはいる。 |
昭和23年(1948) | 39 | 1月上旬、吐血す。『中央公論』に「犯人」、『光』に「饗応婦人」、『地上』に「酒の追憶」を発表。 3月、『日本小説』に「美男子と煙草」、『小説新潮』に「眉山」、『新潮』に連載エッセー「如是我聞」を発表。この頃から山崎富栄に付き添われて「人間失格」の執筆に取りかかる。 4月、『太宰治全集 第1回配本 第二巻『虚構の彷徨』』(八雲書店)刊行。 5月、『新潮』に「桜桃」を発表。『朝日新聞』の連載小説「グッド・バイ」の執筆にかかる。 6月、『展望』に「人間失格」連載開始。 6月13日夜更、山崎富栄と玉川上水に入水。 6月14日、遺書を発見。3人の子供たちへの玩具、友人たちへの遺品。「グッド・バイ」の10回分の校正刷と13回までの草稿などを机辺に残していた。 6月19日(満39歳の誕生日に当たる)屍体発見。三鷹の禅林寺に葬られる。法名文綵院大猷治通居士(ぶんさんいんだいゆうじつうこじ)。 没後、6月20日、『悪い仲間 井伏鱒二選集第二巻』(筑摩書房)に「第二巻後記」を収載。 6月21日、『朝日新聞』に「グッド・バイ」第一回分の「変心一」を発表。 7月、長篇『人間失格』(筑摩書房)、創作集『桜桃』(実業之日本社)、随想集『如是我聞』(新潮社)刊行。 |
昭和24年(1949) | 4月、初期創作集『地主一代』(八雲書店)刊行。 6月12日、禅林寺で一周忌を営み、19日、今官一の提唱でこの日を「桜桃忌(おうとうき)」と名付け太宰を偲ぶ会を毎年催すこととなった。 |